「私が悪かった」と思うと、少しだけ安心する
言いたいことがあったのに、言えなかった。
本当は断りたかったのに、また引き受けてしまった。
相手の機嫌が悪くなると、何もしていないのに謝ってしまう。
そして家に帰ると、頭の中で反省会が始まります。
「あのとき、ちゃんと言えばよかった」
「どうして私は、いつもこうなんだろう」
「もっとしっかりしなくちゃ」
誰かに責められたわけでもないのに、自分で自分を責め続けてしまう。
そんなことはありませんか?
不思議なのは、責めても苦しくなるだけだとわかっているのに、なかなかやめられないこと。
でも、もしかしたらそこには、理由があるのかもしれません。
自分を責めることが、かつてのあなたにとって、安心を得るための方法だったとしたら……。
子どもの頃、「私が悪い」と思うしかなかった
アダルトチルドレンの方の中には、子どもの頃から親の機嫌に気を配ってきた方がいます。
昨日は笑っていたお母さんが、今日は不機嫌。
何がいけなかったのかわからないまま、突然怒られる。
自分の気持ちを伝えると、「口答えしないの」と叱られる。
そんなとき、子どもはどう考えるでしょうか。
「お母さんにも事情があるんだろう」
と冷静に判断することは、まだ難しいかもしれません。
それよりも、
「私が悪いことをしたのかな」
「もっといい子にしていれば、怒られないかな」
と考えることがあります。

なぜなら、子どもにとって親との関係は、とても大切だからです。
親の機嫌を自分では変えられなくても、自分が頑張れば何とかできると思うことで、少しだけ安心できたのかもしれません。
けれど、大人になってもその考え方が続くと、何かあるたびに自分のせいだと感じるようになることがあります。
上司が不機嫌なのも。
友人から返信が来ないのも。
パートナーが黙り込んでいるのも。
「私が何かしたのかな」と考えてしまうのです。
自分を責める人と、弱さを見せられない人
ここで、もう一つのお話をしたいと思います。
あなたの周りに、おどおどしている人を見ると、強くイライラしてしまう人はいませんか?
あるいは、自分自身がそう感じることはないでしょうか。
「どうして、もっとはっきり言えないの?」
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
「もっと堂々とすればいいのに」
そう思ってしまう。
実は、その反応にも、過去の経験が関係している場合があります。
例えば、子どもの頃から、
「泣かないの!」
「弱音を吐かない!」
「自分のことは自分で何とかしなさい」
と言われて育った人。
怖くても、怖いと言えなかった。
悲しくても、泣けなかった。
助けてほしくても、頼れなかった。
そうして大人になり、いつも堂々と振る舞うようになった人もいるでしょう。
そんな人が、目の前で不安そうにしている人を見ると、心がざわつくことがあります。
「私は、そんなふうに弱さを見せることを許されなかったのに」
言葉にはならなくても、そんな思いが隠れているのかもしれません。
もちろん、誰かにイライラする理由が、必ず過去の傷にあるわけではありません。
ただ、相手の姿に強く反応するときは、自分がずっと我慢してきたことを振り返るきっかけになる場合があります。
本当は、自分にも許してほしかったこと
「どうして、あの人はあんなにおどおどしているの?」
そう思ったとき、少しだけ問いかけてみてください。
「私は、人前で怖がることを自分に許しているかな?」
「困ったとき、誰かに助けてと言えるかな?」
「失敗した自分を、そのまま受け止められるかな?」
もし、どれも難しいと感じたなら。
あなたはこれまで、自分にずいぶん厳しくしてきたのかもしれません。
弱音を吐かない。
迷惑をかけない。
失敗しない。
人前ではしっかりする。
そうやって生きてきた人ほど、他人の弱さを見たときに、戸惑いや怒りを感じることもあります。
でも、ここで大切なのは、イライラする自分をさらに責めることではありません。
「私は、何を自分に禁止してきたんだろう?」
と、考えてみることです。
その問いの中に、今まで気づかなかった自分の苦しさが見えてくるかもしれません。
「私が悪い」と決める前に、考えてほしいこと
一方で、何でも自分のせいにしてしまう方にも、試してほしいことがあります。
例えば、上司が不機嫌だった日。
いつものように、
「私が何か失敗したのかな」
と思ったとします。
そんなときは、すぐに自分を責めるのではなく、こんなふうに考えてみてください。
「本当に私が原因なのかな?」
上司は、別の仕事で疲れているのかもしれません。
家庭で何かあったのかもしれません。
単に考え事をしていただけかもしれません。
もちろん、自分に改善できることがある場合もあるでしょう。
でも、確かめてもいないうちから、すべて自分の責任にしなくてもいいのです。
相手の感情と、自分の責任。
その二つを少しずつ分けて考えられるようになると、必要以上に自分を責める時間が減っていくことがあります。
「自分を責めない」とは、何でも許すことではありません
ここは、誤解してほしくないところです。
自分を責めないというのは、失敗を振り返らないことではありません。
相手を傷つけてしまったときに、謝らなくていいという意味でもありません。
必要な反省はしていい。
間違えたら、謝ってもいい。

ただ、「私は間違えた」と「私はダメな人間だ」は違うのです。
例えば、
「今日は言いたいことを伝えられなかった」
これは、出来事の振り返りです。
でも、
「だから私は、何をやってもダメなんだ」
となると、出来事ではなく、自分の存在そのものを否定することになります。
反省は、次にどうするかを考えるためのもの。
自分を傷つけ続けるためのものではありません。
あなたは、いつから自分に厳しくなったのでしょう
もし、何かあるたびに自分を責めてしまうなら。
少しだけ、昔の自分を思い出してみてください。
失敗したとき、どんな言葉をかけられましたか?
泣いたとき、誰かがそばにいてくれましたか?
怖かったとき、「大丈夫だよ」と言ってもらえましたか?
答えたくないことは、無理に思い出さなくて大丈夫です。
ただ、今のあなたが自分にかけている言葉は、もしかすると、子どもの頃に繰り返し聞いてきた言葉に似ているかもしれません。
「もっとちゃんとしなさい」
「そんなこともできないの?」
「あなたが悪いんでしょう」
もしそうなら、これからは少しずつ、違う言葉を選んでみませんか。
「怖かったんだね」
「言えなかったのには、理由があったんだね」
「次はどうしたいか、一緒に考えてみよう」
これまで誰かにかけてほしかった言葉を、今の自分にかけてみるのです。
責めることで守ってきた自分を、これからは別の方法で守っていく
アダルトチルドレンの生きづらさは、人によって表れ方が違います。
何でも自分のせいにしてしまう人。
弱さを見せられず、頑張り続ける人。
おどおどする人を見ると、イライラしてしまう人。
一見、正反対に見えるかもしれません。
でも、どちらにも、
「このままの自分では、受け入れてもらえないかもしれない」
という不安が隠れていることがあります。
だからといって、すべてを子ども時代のせいにする必要はありません。
大切なのは、今の自分がどんな場面で苦しくなるのかを知ること。
そして、これからはどんなふうに自分と付き合っていきたいのかを、少しずつ選んでいくことです。
自分を責める代わりに、自分の気持ちを確かめる。
弱さを隠す代わりに、安心できる相手に少しだけ話してみる。
誰かにイライラしたときは、自分が何を我慢してきたのか考えてみる。
そんな小さな変化から始めてもいいのです。
あなたは、これからも自分を責め続けなくていい。
今まで自分を守るために必要だった方法を、これからの自分に合った方法へと変えていくことはできます。
「どうして私は、いつも自分を責めてしまうんだろう」
「人の弱さを見ると、なぜこんなにイライラするんだろう」
そんな疑問の奥には、まだ言葉になっていない気持ちがあるのかもしれません。
カウンセリングでは、今の苦しさだけでなく、そこにつながる経験や思いも、一緒に整理していきます。
自分を責めることから、自分を理解することへ。
まずは、あなたのお話を聞かせてください。
自分を味方に、わたしを大好きになる
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